脊玉は非常に重要らしい、と今更 ゆる体操・高岡英夫氏の身体意識トレーニングを独習している人の日記
2008年11月04日
脊玉は非常に重要らしい、と今更
・・・とはいえ、今の私は脊椎1個1個をコントロールできるレベルには程遠いため、脊玉の意識はあくまで「現状のレベルでできるだけ努力して作っている程度」ですが、それでも相当なメリットがあると感じています。
具体的には、
・胸椎上部の塊のような意識が抜ける感覚がある
今までは、胸椎上部をあたかも大きな手でギュッと引っ掴んで、そこを中心に身体を振り回しているような感覚がありましたが、脊玉を意識することで、コントロールの中心が分散され、負担が少なくなるように感じています。
これまで、天玉と頭玉を吊り上げるように心がけてきましたが、それだけでは拘束背柱をゆるめていくには全く不十分だった、とも感じます。
・胸(胸郭の前部)が「開く」感覚がある
脊玉で体幹部の上部をコントロールするように意識すると、胸椎下部が以前よりも少し反り気味になり、それに伴って胸郭前部が文字通り「開く」感覚が生じます。
現状では、脊玉の意識を抜くと簡単に前の感覚に戻りますが、脊玉の意識の有無による胸の感覚の違いは明白で、脊玉を意識した場合が「花が開く」という感じなら、意識しない場合(以前の場合)は胸の前面が「鉄」という感じがあります。
(これは人間としてまずい、という感じ。)
高岡氏の書籍で確か、「リバースがあると人恋しくなる」という内容の記述があったと思いますが、正直私にはこれまでさっぱり理解できませんでしたが、「確かに、そのような状態はあるのかもしれない」と、(ほんの)少し思い始めています。
まあ、今までどれだけ姿勢が悪かったのかよ、という話ですが・・・
・脊玉を鉛直上向きに跳ねるようにすると、脊玉よりも下に透明な直線状の感覚が生じる
私自身は普段走ると言っても、長くてせいぜい数10mの距離の移動を、仕事中にいくらか繰り返す程度です。
ただその中でも、脊玉で強力にピョンピョンと跳ねるように意識すると、脊玉よりも下に、透明な直線状の感覚が生じてきます。
これは、ちょうど柔らかくて重い紐をある方向に引っ張ったとき、その力の方向に感じる(引きずる)感覚と非常に似ています。
この「透明な直線」が感じられれば、脚はその直線を基準にして前後に振ればよく、走る動作での確実性がかなり高まるように感じられます。
(これまで、「調子が良い」と感じていたときの走りの感覚と、非常によく似ている。)
また翻って、歩きや軸タンブリングで同様に、脊玉の運動性を強く意識してみると、やはり「透明な直線」がある、と感じています。
・・・しかしその一方で、その「透明な直線」を打ち消すに余りある拘束が全身に強く存在していることも、感じざるを得ません。
多分、この「透明な直線」の感覚に反って、強力に身体意識を形成することができれば「センター」ができる・・・ということだと思いますが、それにはまだ程遠いようです。
実際、上記の内容は調子が良いときにはよく感じられる感覚ですが、実際にはガラクタの中に埋もれてしまうように、感覚が鈍くなることが多いので、結局は地道にトレーニングを継続するしかない、と再確認する雪の日です。
11/2(日)・2(月):基礎ゆる(ほゆる、ぞゆる、きゆる)、軸タンブリング、脊椎のゆる、胸と下腹を擦る、ウッススリスリ体操、柱角背骨スリスリ体操、壁もたれ腰モゾモゾ体操、寝ゆる黄金の3点セット、背もたれ首モゾモゾ体操、リアスクワット、甲腕一致腕立て
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